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尊い人たち。 [dogs]

扉は、軽くて、重い。
扉なんて開けたくない日がある。
現実とある意味虚構の世界を隔てる扉が、いつも手の届くところにある。
虚構という響きは適さないかも知れない。
けれど、現実の世界を自身が体験しない限り、
ソコは、ある意味モニター内でのみ呼吸する世界だと、そう思う。

言葉と言葉が火花を散らす気配を察知するだけで、
扉は鉛色に変色する。
なぜ、人は弱い立場へ「刃」を向けるのだろう。
その意思がなくても、吐かれた言葉が人を傷つけると
やはり「刃」を向けようとしたのも同じこと。
一度空中に舞った言葉は、2度と消えない。
謝る前に、何度も考え言葉を選び方法を選択して
疑問をぶつけられればよかったと、歯痒い。
正直、腹がたち、哀しかった。

先日も同じ想いを抱いた。
「刃」は、弱い立場の人たちへ向けられようとした。
そして、同じ事が遠く離れた地でも起きていた。
読み流せば済むことかも知れない。
何処でもあることだと、気にも留めない方がいいのかも知れない。
だけど、扉を開けた時、
その先に「刃」を向けられた人たちの哀しみを知った。
悔しさと、自己嫌悪が交差する心のひだを知った。
切なくて涙が出た。
なぜ、人は「そういう部分」を備えているのだろう。
なぜ、多くの見捨てられた命を慈しんでくれる恩賞として
見守り応援できないのだろう。
ただ、哀しかった。

人生を顧みず、お洒落に見向きもせず
毎日毎日、毎日Tシャツジーンズで奮闘する二人の女性。
支援者の多いなか、ただ一人の言葉がどれほど二人を傷つけたのか。
背筋をぴんと張り詰め、延々と「命」と向き合われている。
自分には到底真似など出来ない。
もしも神様がいるのなら、
きっと小さな傷ついた命たちの元へ、二人の女性を向かわせたのではないかと思う。
私には、二人の女性が輝いて脳裏に映る。
未だ見ぬ幻影ではあるけれど、はっきりとやさしい光を放っている。

趣旨に賛同出来なくても、
傷つける要因を扉の向こう側へ、投げ込まないでください。
言葉を侮ってはいけないんです。
言葉の四方に隠れる影や裏側に、真の感情が閉じ込められるんです。
多くの本を読まれる方には、この意味が分かって頂けると思います。
いつしかネット社会の普及によって、言葉は本来の意味を失いつつあると感じています。
キーボードを叩き、羅列する文字・文章を、
公開する前にノートへペンで書き綴り、確認されるとわかります。
そして中傷内容(無意識であったとしても)の書き込みを投稿する前には
せめて。そうして欲しいと願います。

扉が鉛色に変色することなく、
やわらかい春色のままに、救命への世界へと導いてくれますように。
お二人の女性たちへ、感謝の気持ちを忘れたことはありません。
本当にありがとうございます。
どうぞ元気を出してくださいね。



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抵抗 [dogs]

先日、録画していた「情熱大陸」を途中まで観る。
マサイマラ国立保護区で獣医として働く日本人女性(32才)を取り上げていた。
像に潰された人がいたらしい。
ライオンに襲われた人がいたそうだ。
ふ~ん。それはお気の毒に。可哀想に。
で、話は終わるそう。
それが野生動物と共存共生するということ。
さすがに日が沈むと戸外へは出られない。
いなくなった愛猫が一晩樹の上から下りて来れず、
それでも無事でよかったと、他人事のようにさらりと言う。
これが野生動物と伴に大地に根付くということ。

重要な仕事に「狂犬病予防接種」がある。
何日もかけて広大な大地を駆け巡る。
現地では、「犬」は余計者らしい。
牛は生活の糧になる。犬はならない。
理由は単純であるが、人間が生き抜く為の二者択一であるなら
それも仕方がないかも知れないと思う。
年間、狂犬病での死者が多い。
犬の飼い主(基準は定かではない)が、その費用を負担するようなことはない。
と、ここまで番組を観ていた次の瞬間、
大きな男が痩せた犬を蹴りあげる映像が流れた。
おびただしい悲鳴をあげる犬。
現地では「犬」は、決して人間の友達ではなく、家族でもなく、
ただ、疎ましい存在なのだそうだ。
日本人女性獣医師が、声を荒げる。
「誰も近寄らないで!」と。
何度も何度も叫ぶ。「誰も近寄らないで!!」

狭い空間に逃げ込んだ犬を、カメラが捉える。
傍らの獣医師が「怖くないよ。大丈夫だよ」と何度も声をかける。
歯を剥き、唸り続ける犬。
精一杯の抵抗なのだと思う。人間という「怖い生きもの」に対して
全身で抵抗し、身を守っている。
怯えた目をした犬。威嚇し続ける犬。
1頭の犬の内側で、正反対の感情が交差している。絡み合っている。
根気よく語りかける女性獣医師。
やがて。
「犬」は、注射をさせた。

体の中で得体の知れない塊が破裂した。
犬という生きもの。
例え、「1%の望み」でも、人間への信頼感を失わない。
これまでこの犬がどれほどの仕打ちを受けてきたのかは想像がつく。
この先、更に虐待を受ける可能性もある。
それを、可哀想という単純な感情で、処理は出来ない。
マサイの人たちが全員、犬を粗末に扱うとは限らない。
隠れて愛情を注ぐ人もいる筈。犬に心癒される人も必ずいる。
犬も必死なら、人間も「生きること」に必死なのだ。
領域を荒さず、野生動物と共存・共生を続ける人たち。
私たちが野蛮だと騒ぐ現実とはかけ離れた現実が、そこにはある。

それでも。
それでも。
やはり、TVをoffにした。
犬の悲鳴が日常茶飯事だとすれば、
やはり耐え難い。
歯を剥き出し唸り続ける犬の映像は痛ましい。
命の危険を感じた多くの犬たちは、
同じ表情で人間に全身全霊で抵抗するのだ。
しばらく思考が止まり体も固まった。
以前、毛皮を剥がれる狐を知った。
オーバーラップして息苦しくなった。
ソレを記憶から手繰り寄せると、説明が出来ない感情に支配される。
私たちは、一体何の為に生かされているのだろう。生きているのだろう。

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