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 [ameblo@only a little]

そんな筈ないのに封を切る時、心が揺れる。


手元に届いたのは、たった一通。


ばかだなぁ、未だ夢見ていると思ってるの?










平成21年度狂犬病予防注射のご案内




種類   ミニチュア・ピンシェル




毛色   チョコレート




名     小夏








これが現実。




生きた証の鑑札と証明書はたからもの。




これから「小夏の証」を、何枚も何通も重ねなければ。


受話器を握りしめ嗚咽を堪え、死亡届を伝えるのは


遥か先まで、もぉいい。




友へ [ameblo@only a little]



☆only a little★



友へ




今。砂浜で膝を抱え、視界に広がる凪を見つめている友へ。


2年半前。初めてあなたと出会った頃、


あなたの言葉は強烈な響きを携え、モニターの中で強さを放っていた。


まるでコワイモノなんて無いとでも言うかのように、鋭い刃さえ翳していた。


ジャンヌダルクのように勇敢に、見えない敵に向かい戦い続けた。


そう。小さな心で大きな戦いを実践していたのは、あなた自身。


あの頃のあなたが、懐かしい。


私の責任なのかもしれない、と思う時がある。


ある日を境に別の道へと進む。


背負う「衣」を脱ぎ捨てた私。衣が汚れていたからではない。


衣が破けてしまったからでもない。


ただ、着心地が悪く感じたから。


私の纏う衣ではないと知ったから。




今も、あの時の「衣」を背負っているの?


それならば、凪を見飽きた時、


信じた「衣」へもう一度向き合って欲しい。


あまりに痛ましい、骨と皮の姿を曝した多くの命たち。


たくさんの命たちが、救われた事実。その痕跡。


命を救う為なら何をしてもいいとは思わないけれど、


それでも罪の無い命たちへ手を伸ばしてくれた現実に


今も敬意を抱いています。


誹謗中傷は憶測の域を超えていないのだから。


多くの傷ついた命たちを苦しみから守ったのだから。


もう一度。あなたの信じた「衣」へ居場所を見つけてください。


もしも、衣を脱ぎ捨ててしまっているのなら、


別の場所を見つけて欲しい。


想いを馳せるのは違う土地。同じ小さな日本国。


いいえ。ソコに戻らなくてもいいのです。


必ずあなたの居場所がある筈だから。




浮遊し続けるあなたの心が心配です。


せめて、あの野菜スープを口に運んでくださいね。


あなたを見つめ続ける二つのまぁるい無垢な瞳。


苦しむたくさんの無垢な瞳たちへ。


あなたの繊細な心から、どうかすべての愛情を放ってください。




砂浜で膝を抱え、視界に広がる凪を見つめ続ける大切な友へ。


今日より明日。明日よりその次。


あなたの心があの頃のように、キラリと鋭く光る日を待っています。




愛情表現 [ameblo@only a little]

よく母が言っていたのは、


幼い頃は健康優良児で


布団に転がしているだけですくすく育った、だった。


母の愚痴は、いつもベッド脇から白い壁に吐き出されていた。


体を壊したのは高校生の頃。


入院が長引き、日数不足で卒業も危うかったのを


担任教師の計らいで何とか卒業出来た。





但し、母の愚痴は真実を物語る証。


熱には強い。とにかく強い。


娘が赤ん坊の頃、40度の熱を退けてお風呂へも入れた。


案外大丈夫だった。


病は気から。





昨夜久々に高熱を出した。


心配した小夏が夜通し私の傍らで寄り添い眠っていた。


いつもはこんなふうではない。


犬たちはなぜか主人のベッドで眠る。


小夏はとても敏感だし、神経が細やかだなって思う。


そう言えば、先代の夏は違った。


体調が悪く横になっていると、決まって胃の辺りに飛び乗り


髪を噛み続けた。思い出すナ。


夏なりに「かぁちゃん元気出してよ」って精一杯の愛情表現だったと思う。


小夏は分離不安が著しい。


いつもの場所に私がいないと鳴き続ける。


昨夜も食卓に姿がないことでパニックになった模様。





病は気から。


今日は休日でよかった。明日は忙しい。


小夏の為にも寝てなんかいられない。


犬たちの愛情が私を支えてくれる、いつも、いつも。


おかゆを炊いてくれた主人にも感謝かな。


愚痴&愚痴 [ameblo@only a little]

バランス感覚の優れた人がいる。


世渡りが上手、とも言う。


男性、女性を問わずして、このタイプの人は苦手。


どういう訳か、そのタイプの人と暮らしている。


いや、違う。世間の評価がそのタイプの人という意味。


本人は意識していないと思うけど、客観的にそう感じる時が結構ある。


犬や猫にはやさしいし、巣から親鳥に落とされた鳩の雛さえ保護をする。


小さな子供や高齢者にもやさしいし、何より親を大切にする。


博愛主義なのかと思うこともある。


だけど、何故か私には厳しい。


まぁ、かなり丸くはなったかなと思う。


そんなにアンテナ張り巡らしてたら、長生き出来んよ。


と先日少しきつい口調で言ってみた。


いつもなら数倍の言葉が返ってくる。


黙っていた。




バランス感覚が優れている。というのでもない。


もって生まれた正義感の強さというか男気が強いというか。。。


誰もが口を揃えて言う「やさしい」という褒め言葉。


世渡りが上手なら、もっとのんびり暮らせていたかな。


プライドがかなり強いから、人の意見に耳を貸さない、100%毎。


ついつい私は貝になる。


喧嘩は疲れるし、何も生み出さないし、進歩もない。


ストレスの原因はお父さんやなぁ、と娘が言う。


その通り。




自分と重ねる訳ではないのだけれど、


不器用に生きる人に、ずんと心靡く。


それも程度問題だ、と最近思う。


程度ではない。内容かな。


花から花へと蜜を求めて優雅に飛ぶ、蝶のようには生きられない。


私は蟻。キリギリスのようには生きられない。


ずっとそう思ってきた。


けれど評価は違う。


やさしい旦那さまと、自由奔放な嫁。


ビジュアル的にもそう見えるらしい。


あら、あんなにやさしいご主人だから、食事も用意されるのでしょ?


冗談じゃない。


毎晩酒の肴にメインのおかず、数種を手早く作り続けているのはこのワタシ。


家事一切はワタシの仕事。愛犬の世話もワタシの仕事。


花の仕事もワタシが↑。(お互いに譲らず)


世間っていい加減だなぁ。解かってくれるのは娘だけ。


仕方ない。そんな主人を支えている事に誇りを持とう。


それにしても。。。疲れる。


小夏のコト [ameblo@only a little]

小夏は本当にいい子。


最近は本来のミニピンらしさも復活して


活発なお転婆娘に。


唯一つ。シーの粗相がなおらない。


先日、仕事へ出かける前に


ハーネスを付け、玄関に向かうと大量のシーを床にしていた。


しかもトイレシーツを外して。


小夏はシーツの端っこにするので


大抵はトレイの下に流れ込んでいる。


あまり怒らないというか躾なくてもいいか、と見過ごしてきた。


何故なら小夏は散歩へも連れて行ってもらえずに、


何ヶ月もケージに閉じ込められていた。


ベッドもなくペラペラの小さな敷物一枚の上に寝ていたと思われる。


なので、なるべくシーツの端っこに用を足していたのだと、


切なくなり、何も言えなかった。




けれどこの日は、急いでいた。


家を出る間際の粗相。


つい、声を荒げ叱ってしまった。


よほど、怖かったのか、ショックだったのか、


小夏はコタツへ逃げ込み、隅っこで震えていた。


ようやくおやつで釣り、抱き上げそのまま店へ向かった。


怖くて道路におろせなかった。


私が怒った時、必死で逃げようとした小夏のハーネスが抜けた。


もちろん手をあげたことなどない。


きっとよほど怖い目に遭っていたのだろうと


可哀想になり、2度と叱らないと心に刻んだ。


小夏のハーネスはこのタイプ。何故脱げたのか。




☆only a little★
同じミニピンなのに


性格は180度違う。


叱っても怒鳴っても、


数秒後にはワルサをする、


むしろ、


私を怒らす為に


次々とワルサをする、


根っからのお気楽わんこ。


そんな先代だったけど、


小夏は違う。


あかんたれで淋しがり屋で


甘え虫。


私がいないと不安がる。










一日10時間以上留守番出来た夏とは違い、


8ヶ月の時間を要し、ようやく留守番出来るようになった。


でもタイムリミットは1時間。


幼少期の環境は、心の傷となり、


いつも不安に身を置いている。




もぉ2度と叱らない。絶対に叱らない。


PCにはりつき、やっと見つけた「シンボルハーネス」


夏がこれなら大丈夫と使っていた。


サイズが違うので必死で探した。


暴走娘の夏を守ったハーネスだから


きっと大丈夫。




ごめんね、小夏。ホントにごめん。




保護活動と支援金 [ameblo@only a little]

これまで随分と愛護団体への支援、個人活動家への支援を繰り返してきた。


不幸な命を救ってくれたのだからせめて支援金ぐらいは。。。と考えていた。


月日は流れ、それは間違いだと気付く。


自らの意思で不幸な命へ手を伸ばす。誰に懇願された訳でもない。


実情に心揺らいでも、決断を下すのは自分自身の筈。


そしてその活動に賛同し、協力したいと支援する。


こちらも自らの意思であり、脅迫や強請の末の支援ではない筈。


個々の責任に於いて行動することこそが、何より望まれ義務だと思う。




私の友人は言う。


現場を見ない限り支援はしない。


その言葉の意味を噛み締めている。




あるブログのコメント欄で、


自己の全責任に於いて保護活動は行うもの。との言葉を読む。


その通りだと思った。


キャパを超えない保護活動。


費用・環境・命の継続。一つの尊い命を救う為には


膨大な精神力と多大な費用が必要だと思う。


保護、或いは支援活動=支援金公募。


は最終的に辿りつくべきだと考えてきた。


実行動が諸事情で叶わない場合、


せめて身銭を削って対処するべきだと考える。


出来る限りの実践は試みている。


出来ない場合は素直に非力を認め、謝り、


一から出直さなければと、強く心に刻む。


一人の力は微力だけれど、


だからと言って、何故すぐに支援金を募るのだろうか。


お金の怖さ。それは活字などで暴露出来るものではない。


お金は人を変え、やがて人はお金の奴隷になる。


安易に手元に集まるお金なら尚のこと。




大声で、声高らかに、支援金を募る行為。


おかしい、と思う。


まるで当然であるかのように、命と引き換えに


「支援金」を公募する。そんな団体・個人活動家、増えている。


おかしい、とそう思う。


けれど、これは私個人の考え方。


賛同して支援を続ける人は、


自己の全責任に於いて支援を行い、


それを決して忘れないこと。


後での文句は、あまりにも稚拙だと思う。


みんないい大人。


自身の責任を軽視しないで。転換しないで。欲しいナ。




私は優柔不断な人間なので、保護活動には不向きと思っている。


命の線引き等、出来ない。絶対出来ない。


現場で関わる人たちの、強さとやさしさを尊敬している。


せめて後方支援で協力出来ないかと、


それをずっとずっと考えてきた。


最近。そんな自分のスタンスに嫌悪する。


単に「愛護ごっこ」がしたいだけなのかと、嫌悪する。


そう言えば、以前某巨大掲示板で、お花畑と中傷され続けた。


愛護でなくて愛誤だと言われていた。


そうかもしれない、とそう思う。


自身の信念を貫くのには労力が要る。


挫けそうな時、いつもその都度起き上がる気丈な人を想う。


その熱意、なぜ活かせないのかと溜息が途絶えない。




拘るのはもぉ止めましょう。その言葉と伴に、


暴走し続ける猫の首に鈴、付けられるかなぁ。








花屋 [ameblo@only a little]

改めて、日々の仕事が如何に重労働であるかを痛感した。


一人で長時間店を守る事はあまりない。


主人の仕事量の多さを思い知る。


脳検査に異常がなく安堵するものの、


違う病名が心から離れない。


内科専門医に診て貰わなければ。




花屋は過酷。雑用に追われ、接客に追われる。


小売業ではなく、接客業だとも思う。


生活必需品ではない部分、


顧客とのコミュニケーションが信頼関係を築く。


もちろん、どのような小売業でも「接客」は付き纏うのだけれど、


花屋の場合は、完成品を売るのではなく、


単品の商品(一本の花)を選ぶ事から始まるので、


一層大変なように思う。


花屋は「自分」の押し売りはダメだと思う。


お客さん目線で花を選び花を作る。


嫌な客も多い。何様?と言いたくなる場合もある。


それでも我慢する。顔で笑って心で怒鳴る。


ところが、コレを出来るようになったのには


時間が必要だった。


商売嫌やな~。と悶々としていた時期もある。




色の好みは十人十色。


私は常にお客さんの好みや贈りものへの想いを


きちんと尋ねる。


売り上げの90%はギフト用…ラッピングは無料サービス。


ラッピング資材は決して安くはない。


最初に決めた事なので継続しなければ仕方ない。


でも、この不況の折、経費節減にはかなり響く。


競合店が多い中、地域ではtopだと自負している。


新鮮。ボリューム。センス。価格。接客。すべて納得してもらって


「いいお店ヨ」の評価を得る。


花屋はプライド無くして成立しない。と思っている。


そのプライドを閉じ込めての接客が続く。


ストレスの蓄積だったのかなぁ、主人の異変。




来店数↑と我が侭度合い↑は比例する、から。




不安なこと [ameblo@only a little]

店は午後から閉めた。


昨日突然、顔面右半分がおかしいと、主人が言う。


引き攣られている感覚があるのだと言う。


右半分の視界も揺れているのだと言う。


驚いてネットでいろいろ調べてみるけれど、


そんなこと気休めにもならない。


仕事量は山積みで、何とか必死に片付け帰宅した。


今日の予定をこなし、店を閉めた。


私たちは働き過ぎなのだと思う。


自分達の店なのだから、もぉ少し自由にすればいいンだから。


アクセクする事に疲れ、家を売った筈なのに、


二人とも生真面目で、遊びを知らない。


その積み重ねで得た信頼がある。


容易に休業出来ない線路上を走り続けてきた。


一人で店を切り盛りするには、手を広げ過ぎている。


「個人<法人」の客層にいつしか経営方針が偏っている。


明日朝、脳専門の病院へ行って貰おうと思う。


大丈夫を連発するけど、普通じゃない症状な気がして不安。


右半分視界が揺れる。。明らかに脳でしょぉ。


情けないけど、私はそれほど丈夫ではない。


月一度の検査結果もここ最近落ち込む事が多い。


大量の輸血が原因しているのかな。


いや、みんなより臓器が一個足りないからやっぱり疲れやすいのかな。


いや、何度もメスを入れているから、限界が押し寄せるのが早いのかな。


などと、いろいろと考えてしまう。


だから、困る。絶対困る。主人にはずっと元気でいて貰わないと。


小夏はまだ1歳。




このブログは唯一、心の中身を綴る為に再開した。


「私の今」を伝えたい人がいる。


その人の顔を思い浮かべて書いている。




(主人のその後の経過は又メールしますね。)


会話 [ameblo@only a little]

昨夜の夫婦の会話。




私は器の小さい人間で嫌になる(と、ボソリ)




お前は器やなくて許容量が小さいんや。




許容量も小さいけど。




聞き流されんやろ。何でも受け止めるからしんどいんや。


あしらう、ということが出来へんからなぁ。そりゃ、しんどいで。






多分。私を一番理解している人だと思う。


若い頃は喧嘩が絶えず、お互いに「騙された」の捨て台詞。


一方は  俺が守ってやらねば、と思ったと言う。


一方は  何でも黙って受け止めてくれる人、と思っていた。


騙された。こんなに気の強い女だとは思わなかった。


騙された。こんなに自己中心的だとは思わなかった。


女は男と同じ目線で物言うな。が口癖。


黙ってただ聞いてくれるだけが何故出来ないん。が口癖


そんなふうに同じ言葉を投げあう喧嘩を一体何十回、


いやもっと、したのだろう。


一年365日朝から晩まで顔突き合わせている。


何度か危機もあったけど、


犬たちのおかげで乗り越えた。わんこはカスガイ。




会話。は大切だとつくづく思う。


活字の対話はズレを生む。


ストレートに伝わるまでは時間を要する。


行間で出没するのは、面倒な感情の起伏。


私はメールは何度も読み返す。


そうすることで、相手の真意に近づけるような気がするから。


活字にも思いやりがあり、やさしさがある。


そして活字には時としてきらりとヤイバが光る時もある。


一字一字の刺抜き作業は精神的に相当疲れる。


でも、もぉ慣れた。


曝される事で強くなる。誤解の果ての自分という対象。


そう言えば。自身で曝し続ける人…強いナ。


叩かれても叩かれても、起き上がる。不死身なのかな。


益々わからなくなった。


あの強さのおこぼれでもあれば、といつも思う。


許容量がプラスされれば、きっと違う道が開ける人なのにモッタイナイ。












生きる [ameblo@only a little]

2645人。


今年1月の自殺者の数。


2645人もの人が、個々の人生に自ら終止符を打った。


自殺。


その言葉に蘇る記憶がある。


高校時代、大量の睡眠薬を飲んだ。


どのようにして薬を手に入れ、


どのような場所で口にし、


どのような壁に囲まれた空間で意識を戻したのか、


鮮明に覚えている。


けれど、死を選ぶに至った経緯が消滅している。


裏切ったのは私だった筈。


友人への自責の念で自らを戒めたのか、


友人からの報復に絶える事が出来なかったのか、


それすら曖昧な過去へと豹変している。




真面目な高校生だった私。


有名女子高へ転校したことが


私を砕いた。母を泣かせた。


そして、身体を壊した。


勉強することが大好きだった私。


人は環境で変化する。


それとも心の変化が周囲の環境を変えたのか。


制服のまま、通学路をUターンして仲間と遊び歩いた。


毎夜母と喧嘩した。


罰があたり、入院を繰り返す。


そんな日々への終止符に手を伸ばす。


とてつもなく親不孝な馬鹿娘。




死なずによかった。


生きていたから、「犬」という素晴らしい生きものたちと出会えた。


多くの犬たちから学ぶことは計り知れない。


人は必ずいつか死ぬ。


生きる事は苦しい場面のほうが多い、とそう思う。


いつかは死ぬのだから、今を生きる。


「人は生まれた瞬間から、死へ向かう為に歩き始める」


そう言った有名人がいる。


何れ誰もがゴールへ辿り着く。


今は苦しくつらくとも、柔らかい道へと続くかも知れない人生は


決してゼロではない、とそう思う。


がんばって。とは言えないけれど、


ほんの少し腰を下ろし、深呼吸を繰り返す事も


あるいは未来へと繋がる大切な時間だと、そう思う。




生きてください。いつかは必ず未知の世界へ旅立つのだから。


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