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ワタシノイレモノ [my word]

ボクノイレモノ…という表現。
幾度も書いてきた、最も心馳せる言葉。
村上春樹の作品に書かれていた。
ワタシノイレモノ…を時折見つめる。
首を曲げ心臓の辺りを、探してみる。
イレモノは現存している。かろうじて。
小さな亀裂を見つける。仕方ない。
常に「中身」が溢れる寸前か、
時としてツライチか、
とくとくと流れて出ている。
よく、踏ん張っていると鏡に向かい褒めてみる。
何やってんだ。と眉間に皺寄せたりもする。
ダメだ、ダメだ、と頭をコツコツ、コツと叩く。
両手を広げ、思いきり「願」を抱きしめる。
両手を伸ばし、精一杯「望」を引き寄せる。
まだ。ずっと遠い。届かない。
無数の命を夜空に想う。
大入り満員の大きな無限の空。
いつの日か、星になった命の居場所さえなくなりそうで。
どこへ行けばいいのだろう。空の隙間はあと少し。

ワタシノイレモノ。壊れる日がきっとくる。
アナタノイレモノ。結局は壊れてしまう筈。
それならば。
みんなでイレモノ大切にしたい。とそう思う。
人は個々に違う。
やわらかな布でそっと包む人。
新聞紙で乱雑にくるむ人。
無造作に転がす人。
指先に神経張りつめて扱う人。
イレモノは個々に違う。
色・形・質感・重量・透過度・模様・容量…。
私はワタシノイレモノの「容量」だけはわかっている。つもり。
最近少し溢れ過ぎている。
それでも。乾燥させてる時間はない。
夜空の小さな星が、もぉ増えないように。もぉ雨を降らさないように。
こんなワタシノイレモノが万分の一にでも、ソコへ近づけるのなら。
今日も明日も明後日も。
私はイレモノの存在を確認する義務がある。
朽ち果てるまで壊さぬように。
そっと右手を翳し続ける。
ワタシノイレモノ。もっと頑丈になれ。


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心の中身 [my word]


   ☆雨の神戸港☆

横断歩道の手前で、信号が変わるのを待っている間、
ふっと、周囲の景色、人、車が、音もなく消滅して、
一人だけ取り残され、じっと佇んでいる錯覚に陥る事があります。
なぜかは。。。わかりません。
そんなことって、ないのでしょうか?
自分の存在価値や、生きている理由のようなもの。
それらが、牙を剥き出して襲い掛かってくるような錯覚。。。

前向きに。ポジティブに。プラス思考(あるいは志向)。。。
もちろん努力はしてみるのだし、しなければとも思うのです。
ただ、自分を取り巻く状況や問題点などが、
どんどん小さく砕けて、
ワタシという容器のなかへ、とても容易に注がれ始めている。。。

空を見上げれば灰色の雲は低い位置で、
まるで降雨量を模索中とでも言うかのように、
足早に行き交う人々を、にやりと眺める。。

地面を見下ろせば、行方不明になった影に
自分の日常を重ねてしまう。。

湿度をたっぷり含んだ空気の、
逃げ出したいほどの威圧感。。

こんなふうに、時々何もかも嫌になって、
たんぽぽの綿毛になって、見知らぬ土地へ飛んで行きたいナ。
そう思うこともあるンです。

愛犬の小さな体に、
大きな癒しをぎゅうぎゅう閉じ込め、
そのかけがえのない存在を、
一方的に、そして闇雲に巨大化している。。
そんな勝手な飼い主っているのでしょうか?

心も、空も、晴れるといいナ!明日になれば。。。    


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忘れ物はなんですか? [my word]

ふっと気がつくと、やはりそこはトンネルの中だった。もうずいぶん長い間、靴底を減らしながらひたすら歩いてきたんだ。空気は湿気を帯びて、まるで最初からピタッと貼りついていたかのように壁面に上手く馴染んでいた。今となっては出口がどこか、なんて関係ないんだ。大切なことはやがてこの手に透けるだろう光を求めて、トンネルを歩き続けたということ。

暗闇が運んでくるものは、恐怖や不安ばかりじゃない。頬に感じる微かな風の声。耳に届く空気の震え。そして恋焦がれる陽の光。小さな小さな息遣いが、確かにあった。

トンネルの果てに出口が見える。もうすぐゴールなんだと確信する。嬉しくて一気に駆け出したいはずなのに、つい後ろを振り返る。

忘れ物はなんですか?

きっとなにか大切なものを忘れた気がした。でも答えは姿を隠し、暗闇のなかで舞い踊るだけ。

忘れ物はなんですか?

私はあんぐりあきらめて、再びトンネルに戻っていった。

静かな吐息を漏らしながら、闇の層が私をそっと手招きした。 


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ヘレン.メリルを聴く犬 5 [my word]

ネネに対する私の愛情は、一種偏愛的とも言えた。
もちろん手のひらに乗る頃から育てた経験も初めてだった。
私の中で眠っていた母性は息を吹き返したかのように、脈打つようになっていた。
小さな命を守るのは自分しかいない、
そんな思い込みも手伝って、心のなかはネネでいっぱいになった。
ハンデを背負って生まれてきたネネに対して、
何でもしてあげたいというそんな想いがアダとなった。
唯一、理性を保つことが出来るのは人間のはずなのに、
私はネネに対してのみ、理性を遠い地へ捨て去った。

なぜ、気づかなかったのだろうか。
一切れのケーキが、彼女のからだに負担を与え続けるということを。
なぜ、気づかなかったのだろうか。
そのせいで、彼女のからだが丸みを帯びていったことを。
そして、なぜ、なぜ、気づかなかったのか。
少しずつ、彼女の視界に変化がおきていたことを。
気づいた時は、既に手遅れだった。
完全な失明と3ヶ月の寿命を宣告された。
私は守るべき命を守れなかったのではなく、
率先して死に向かわせたのだ。
後悔したところで、ネネとの時間を再度引き寄せることは出来ない。
それでも私は、自分の行為を正当化するための言葉を探した。
そして滑稽な言葉探しは、今も突発的につづけられている。
あの頃は今みたいにペットブームじゃなかった。
あの頃はドッグフードも粗悪だった、
あの頃は頻繁に獣医にかからなかった、
あの頃は、あの頃は...
虚しさだけが宙に舞う、探し物への逃避だった。

光を失ったネネの瞳は、まるで私の心が見えるかのように、
表情豊かな輝きに満ちていた。
ブルーグレーの小さなガラス球に揺れる灰色の光は、
一瞬の戸惑いも見逃さなかった。
私を行き来する感情の起伏。
おびえる二つの球体が反射鏡になって、醜い心を暴いていった。
時には、谷底へ転落するかのような感覚が私を襲う。
そんな時、決まって彼女は微動だにせず、
この救いようのない飼い主を見つめ続けた。
徐々に解きほぐされていく乱雑に絡まった心。
やがていいようのない安堵感が、私をそっと包んでくれた。

彼女はまるで、それが使命だとでもいうかのように、
その存在自体で「癒し」を与え続けた。
手のひらに納まった小さな小さな子犬は、
大きな心で、私をいつどんな時でも迎えてくれた。
もしも彼女と出逢っていなければ、
私はきっとトゲトゲした人間になっていたのに違いない。
彼女に癒され続けたように、
今度は私が精一杯、彼女に癒しを与える番だった。
もちろん、だからといって私の罪が消えるとは思わなかった。
人は本能の赴くままに、生きていけるわけではない。
言い換えれば唯一、節度を保つことのできる生き物であるはずだ。
今更どのように後悔を重ねたところで、あの頃には戻れない。
ごめんね、ネネ。私は謝ることしかできなかった。

それでも、ネネの暗闇での日々は2年間続いた。
わずか3ヶ月で手放せるわけなどない。
私は罪の意識も手伝って、徹底的な食事療法に挑戦した。
すべての食べ物はグラム単位でカロリー計算を試みた。
空腹感を覚えないような工夫も凝らした。
ネネは本当に聞分けがよくて利口な犬だった。
おそらく一度も怒られることなどなかったし、一度もはむかうことさえなかった。
どうか、連れていかないで。
寝顔を見つめては祈り続けた。

そんなある日、私はネネが音楽を流している時の方が、
気持ちよさそうに眠っていることを発見した。
音のない暗闇が、より一層不安な世界を持ち込んでいる。
そう思った私は、彼女に心地よい夢の世界を提供するために、
一日中音楽を流し続けることを決めた。
音の世界で生きる彼女が少しでも心安らかに眠りにつけるように、
あらゆる音楽を聴かせてみた。

さいわい我が家にはあらゆるジャンルのCDがあった。
私は彼女の熟睡度を見極めながら、来る日も来る日も音楽を流し続けた。
そしてついに「ヘレン.メリル」とめぐりあった。
JAZZのアルバムもいろいろ試してみたが、
アームストロングやサラヴォーンなどの、低くて重量感のある声は苦手のようだった。
チェットベーカーの声もかなりお気に入りのようではあったけれど、
やはり女性の声の方がより安心しているように見えた。

ヘレン.メリルを聴きながら眠りについた、彼女の寝顔は最高だった。
時々、まるで息をするのを忘れているかのように、
身動き一つせずに深い眠りについている。
時々走っていいるのだろう。
足の先がぴくぴく動いている。
夢のなかでは両の目に何が映っているのだろう。
私の顔を覚えているだろうか。
安心しきった寝顔を眺めているだけで、ずいぶん癒されてきた。
ヘレン.メリルの気だるい歌声は、
私の過ちの代償として、二つの小さな耳へ届けられた。
緩やかな音階を一つ一つ確かめるようのその歌声が、彼女の鼓膜に響いていた。
私はいつでもネネの寝顔を、記憶のなかから見つめ直すことができる。
彼女との思い出は、柔らかい布に包んでポケットにしまっている。
そして、時折夢と現実は同時進行した。
それはまるでお気に入りの映像を巻き戻して観るように、
心のスクリーンに何度も映し出された。

暗闇のなかで柔らかな声に包まれ始めた時、
彼女は光の国へと足を踏み入れる。
太陽が彼女の足元にある雑草へ生気を与え、
肌触りのよい風が、蝶やミツバチをそっと後押しする。
彼女はたんぽぽの綿毛を夢中で追いかけ、
水溜りで泥んこになる。
心配性で子離れのできない母犬が駆けてくる。
今はもう空の上へ昇っていった4匹たちも、
じゃれ合いながら駆けてくる。
山の後ろへ太陽が沈むまでみんなで走り続けている、
ずっとずっと、彼女を囲むようにして走っている。

それは、私のなかに大切にしまわれている思い出の場面。
愛犬たちと笑いあった日々への、紛れのない郷愁にも似た想い。
おそらく、あの場所こそが私のふるさとだったのかもしれない。
彼女がもっとも健康で活発に過ごせた土地だったからだろうと、そう思う。
そして何よりも、厳寒期に捨てられたにもかかわらず、
放浪し続けていた母犬から、
彼女が生を授かった彼女のふるさとでもあるからだった。

懸命に生きつづけた最愛のネネ。
彼女は生きる権利を私に委ね、
最後に小さな声でかぼそく鳴き、永遠に瞳を閉じた。
10歳の生涯だった。
ネネがいなくなったのち、
涙の海で溺れそうになっていたのは、私だけではなかった。
唯一信じられる存在であった我が子を亡くしたハナ。
その心に再び人間に対する不信感が芽生えたのだろうか。
ハナは1ヶ月もの長い時間をハウスに引きこもり、
私たちに背を向け続けた。
子離れ出来ずにいたハナの精神的ショックを想い、
最後のお別れをさせてあげなかったことが、結果的には傷つけたのだ。
一度人間に裏切られた犬の静かな怒りが、声をあげて泣いていた。

あの日依頼...
ヘレン.メリルの歌声が流れることは、一度もない。
おそらく私は、二度とそのCDを手に取ることはないと思う。
もう2度と、暖かなぬくもりを抱きしめることがないように。

  完


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捨てられるモノたち [my word]

一年に二度、長い休暇をとります。長いといっても夏は5日ほどで年明けは10日前後です。あとはゴールデンウイークも祭日も連休もありません。そのせっかくの貴重な休暇を部屋の模様替え、モノの整理などに使ってしまい、気がつくと明日から仕事です。2回の一部屋は既に「物置」状態でした。以前からずっとずっと気になっていたのですが、処分できないまま時間だけが流れてしまいました。

処分できなかったモノは、主に亡くなった父のモノ、亡くなった叔父のモノです。なぜか兄弟姉妹、親戚たちは、それらの「捨てられないモノ」を我が家へ託します。理由はそれぞれ「いかにも。。。なるほど。。。しかたない。。。」と妙に納得して引き受けてしまうわけですが、結局のところ手を汚したくない、というか、嫌なことから逃げているのだと、そんなふうに後になって考え込んでしまいます。でも、私もその一人であり、結局手を汚したくないばかりに嫌なことから逃げていたのです。

6畳の部屋はそこだけが別世界のように、音さえ遠慮気味に壁に吸い取られていくようです。空気はどんよりと床に沿って這っていて、季節の移ろいさえ感じられない空間になっています。もし、そこに足を踏み入れなければ、永遠にモノたちの墓場となっているでしょう。

遺品を処分するのには勇気と決断と情との決別が必要です。でも、糸口さえしっかりとつかまえることが出来れば、あとはするするとロープを手繰り寄せるような感じで、一挙に片付けられると正直驚いています。けれど。。。それでも、やはり亡くなった母のモノたちは捨てられません。父の遺品を処分出来て、母の遺品は宝物のように今尚頬づりしている。母の愛情の深さに比例して、七回忌をむかえる母の存在は、薄れることなく私のなかにしっかりと生きつづけています。

「もぉ、言わんとってよ」それが母の口癖でした。母は前へ出ることを好みません。自分のことを言われるのを嫌いました。きっと、今頃怒っているかもしれません。

震災をきっかけに、母を想いながら文章を書きました。子どもの頃、中庭に樹が植えてあったという記憶のもとに「柿の木」をテーマにしているのですが、今となっては本当に柿の木だったのかどうか定かではありません。記憶はフィクションの世界の中で、いつの間にか塗り替えられてしまったような気もします。それでも柿の木を眺めると、不思議と母に焦がれます。本当に優しい母でした。

 

 

主人が撮った写真です。柿の木ってもっと太いイメージ抱いていたのですが...


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ヘレン.メリルを聴く犬 4 [my word]

ネネは一ヶ月を過ぎる頃、ようやく前足だけで移動し始めた。
まるで赤ちゃんがハイハイするような格好だった。
正確にはハイハイとまでもいかない。
何しろ2本の後足を引きずったままで「歩いていた」のだから。
獣医はギブスをはめることを勧めたが、
彼女の治癒能力に賭けたかった。
私は暇さえあれば2本の後足を、
まるで壊れ物を扱うように注意しながら、マッサージし続けた。
今思えば、ずいぶん我流のリハビリ法ではあったけれど、
とにかくネネが4本の肢で自由に歩けることだけを願って、
時間を費やした。

ネネは母犬から自立する時期にあたる生後3ヶ月になる頃、
やっと歩けるようになった。
腰から下が完全な発育不良を思わせるその体型は、
異様に細すぎる後肢と、重症のO脚とが重なって、あきらかに「変」だった。
けれどその頃既に、ネネの存在は私にとってなくてはならないものになっていた。

2番目に生まれた元気いっぱいで愛くるしい子犬は、
新しい飼い主がすぐに見つかったが、
足の弱いひ弱な子犬を飼いたいという人は、もちろんいなかった。
おそらくネネの運命は最初から決まっていたのだ。そう思った。
母犬ハナに対してどうしてもあきらめきれなかった事実が、
ネネとの10年間の人生を導いてくれたのだ。
私は見えない赤い糸に心から感謝した。

ネネの存在はいうまでもなく、
私のなかでどんどん膨らみつづけた。
ネネは眠くなると、布団の納められた押入れに向かって鼻を鳴らした。
おなかがすくと、自分のご飯の容器をそっとくわえてきては、
台所に立つ私の足元へポトンと落とす。
そのしぐさは、このうえなく可愛くてこのうえなく愛しいものだった。
何か要求のあるときは、できない「おすわり」を必死でして見せた。
自分が苦手なことをしようとすることで、
たいていの要求が満たされることをきちんと知っていた。

そして、ネネは懸命に生きた。
どこまでも一生懸命歩いた。
階段さえ不自由なく昇り降りできるようにもなった。
やがて闇に包まれた世界が訪れるのを、
まるで知っていたかのように駆けつづけた。
ネネの視界が暗闇に包まれたのは、
8歳になったばかりの頃だった。
責任は、もちろん私にある。
飼い主失格の烙印は、
版画のように心に深く刻まれた。

...続く


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ヘレン.メリルを聴く犬 3 [my word]

心に傷を抱えた臆病な犬は「ハナ」と名付けられた。
どんな名前で呼ばれていたのかは、当然ながらわからない。
本名は漢字の「花」のつもりだったので、獣医さんへ行った時にはきちんと本名を告げた。

くい込んだ黄色い首輪をはずすのに、何度噛まれたかわからなかった。
それは明らかに威嚇ではなく防衛本能が働いただけのことだった。
瞬間的にはもちろん激痛が走る。
けれど傷口の痛みは、心の痛みにその都度じんわり馴染んでいった。

もちろんハナが、4匹たちにすぐ打ち解けるということはなかった。
なかでも4匹のリーダー的存在の雄犬は、
突然の「よそもの」に対して、威嚇しながら警戒し続けた。
けれど、犬社会では一度優劣順位が決められると、
あとは案外スムーズにそれぞれが状況を受け止めるようだった
雌犬がとりわけ気立てがよかったことも救いになった。

こうしてハナは緊張しながらも、集団生活へと一歩を踏み出した。
やがて何日かが、陽だまりの心地よさを感じながら穏やかに過ぎた。
そして数日後、穏やかな日々に突如幕がおろされた。

3月20日午後4時頃、
ハナは階段の下に設けられた寝床の中で、2匹の子犬を出産した。
声もあげず、静かに行儀良く、小さな二つの命を無事に誕生させた。
妊娠していることなどまったく気づかないほどハナは痩せていたので、
予想外の出来事に家族全員が驚いた。
そういえば、ハナの痩せ方は異常だった。
栄養を摂る時期に食べるものがなく、
水分補給も充分ではなかったと思われた。
母犬は生まれてくる小さな命のために、
与えられるものはすべて与えてきたのだ。
そう思うと涙がこみあげた。

けれど、その直後に問題が発生した。
気が動転していたのか、あるいは弱い子を見抜く本能によるものなのか、
産み落としたばかりの我が子を、背中で押し潰しはじめたのだ。
私はあわてて子犬を取り上げた。
命は助かったが、後ろ足に後遺症が残った。
あるいは生まれつきの障害だったのかもしれない。
子犬の後ろ足は骨盤帯からはずれた状態で、
将来子供は生めないでしょう、と宣告された。

その子犬こそが、私の人生を変えた最愛のネネだった。
命の重みに順位をつけられないことは、充分わかっていた。
わかっているけれど、私はネネを手放せない。
新たに可愛い子犬が家族になった。
母犬ハナもゆったり暮らしている。
それでもネネを手放せない。
ネネが幻になって2年と10ヶ月。
今でも幻のネネを抱き、歩いている。
あの頃のように、桜の樹の下を歩いている。

...続く


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ヘレン.メリルを聴く犬 2 [my word]

当時、我が家では既に4匹の犬を飼っていた。
公園に捨てられかけていた、生後2ヶ月くらいの柴犬系雑種犬。
交通量の多い国道の茂みに置き去りにされていた、まだ目も開かない雑種犬。
大型トラックが頻繁に行きかう国道の端を歩いていた、老犬のヨークシャテリア。
ペットショップで売れ残り、小さなサークルの中で身動き出来ずにいたコリー犬。
4匹の犬たちは、まるでそれぞれの生い立ちを打ち消すかのように、
きちんと小さな犬社会を築き、仲良く暮らしていた。
仮に不満があったとすれば、内容の質素な食事ぐらいだろう。

その頃の私たちの暮らしは、決して裕福ではなかった。
それでも、暖かい湯気を感じることができたし、満天の星空を見上げることも可能だった。
季節に表情を変える風や木々は、波立つ心を常に静めた。
私が何より癒されたのが、犬たちの寝顔だった。
安心しきった寝顔を見るたびに、平穏な日々を心で受け止めた。
けれどこれ以上犬を増やすことには、限界を感じていた。
家族との約束を破るわけにもいかなかった。
ただし、心の中では密かに異変が生じていた。
気がつくと、限界や約束はマジックのように消えていた。

私は雨に打たれた捨て犬の表情を、片時も追いやることが出来なかったのだ。
小さな子供がダメだと言われたオモチャを、泣いて欲しがるように、
私はダメだと言い聞かせた犬を、家族に迎えたがっていた。

100%無理だ、と思っていたはずが、90%、いや70%というふうに、
数字は徐々に小さくなり、赤い糸を放つ準備を始めていた。
今思えば、一目見た瞬間から決めていたのだ。
犬の首にくい込んだ首輪をはずすのは、私しかいないのだと。

家族を説得した私は、それから約一ヵ月半彼女の縄張りに、食べ物と水を運んだ。
何日か過ぎると、こちらの気配を察して茂みからこっそりと現れたが、
一定の距離が縮まることはなかった。

どんなにかいじめられたことだろう。常に垂れ下がったシッポが哀れだった。
そんなある日、犬は空腹と不安な日々に疲れきったのか、
突然私の前でひっくり返っておなかを見せた。
犬は相手に対して無条件で降伏する時に、この姿勢になる。
むしろ降伏と言うよりも、無抵抗の意思表示に思えた。
けれど、犬の瞳から「おびえ」が完全に消滅したわけではなかった。
時間が必要だと覚悟したが、時間は必ず流れるものだと、即座に思い直した。

こうして人間不信に陥っていた犬は、
私の執拗なまでの求愛に屈服して、家族の一員になった。
約2ヵ月半の時間を要して、
やっと犬の心に、再び人間を受け入れる隙間が生まれていた。

...続く


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ヘレン.メリルを聴く犬 1 [my word]

私の愛犬は、一日の大半を夢の世界で暮らしていた。
彼女の名前は「ネネ」。
名前の由来は、と聞かれたところで、
それはとても由来といえるほどのものではなかった。
当時NHK大河ドラマに出演していた、美しい女優の役名が「ねね」だった。
直感で命名した。
きちんとした理由に辿りついたのは、たぶん今。
ハンデを背負った子犬に、せめて夢の国のような生涯を与えたかった。
ねんねんころり...そんな子守唄からも、きっと思いついたのだと、そう思う。

ネネは10年間、私たちに温かな日々を与えてくれた。
春先の柔らかな陽射しのような、心が和む日々だった。
そんな彼女は、おそらく先天的に後ろ足が弱かったからなのか、
まともに「おすわり」が出来なかった。

発育不全の状態で生まれてきたネネには、哀しい生い立ちがあった。
母犬の胎内で「捨て犬」を早々と経験していたのだ。
みぞれ混じりの冷たい雨が降る1992年1月末日。
私は一匹の痩せた捨て犬に出会った。

最初は薄汚れたその姿から、純血の柴犬だとは気づかなかった。
首には、子犬用の細くて黄色い皮製の首輪がくい込んでいた。
後の診断でこの頃既に2歳前後。一体どのような飼い方をされていたのだろうか。
当時の状況を思い出すだけで、怒りがこみあげる。
暗い眼をした犬は、シッポをしっかりと後ろ足の間に挟みこんだままこちらをじっと見ていた。
おなかがすいていた筈なのに、
明らかに人間に対する不信感の方が勝っていた。
食べ物を差し出しても決して近づかず、
とおまきに見ているだけだった。
おどおどしているというのでもなく、
その目から媚びる様子は、微塵も感じ取れなかった。

痩せた犬が公園の外灯に繋がれたまま放置されたのは、
前の年の12月31日。
近隣の人から聞いた話によると、
白い乗用車で走り去ったのは中年男性。
キャンキャン泣き喚く犬を置き去りにして、逃げるように車を発車した。
そのは年めずらしく雪が積った。
吐く息が凍りつくほどの大晦日に、その犬は捨てられた。
不安と空腹と寒さのなかで、犬はひたすら白い乗用車を待った。
首輪をはずそうとしたが、誰も近づけなかった。
それから、どのようにして犬が自由の身になったのかはわからない。
わかっていることはただひとつ。
その場所から決して遠くへ行かなかった事実だけ。
私がその犬に出会ったのは、約一ヶ月後のことだった。

...続く


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