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年が明けて… [natsupin time]

2ヶ月間、ブログを放置していました。
言葉は、瞬く間に消滅しては再び戻り、そしてやっぱり居心地が悪そうにどこかへ消える。
そのことの繰り返し。
まるで広大な砂漠で落としたピアスを捜すかのように、根気よく「言葉」に向き合った頃。
いいえ。何かが違う。
落とすものがない。捜すものもない。宙にぽっかり浮かんだうつろな幻の言葉たち。

2009年が明けました。
人ではないし、なので「喪中」はあてはまらない。のかも知れません。
でもやっぱり控えます。せめてココでは控えたい。

ずっと考えている言葉があります。その真意を確かめたい心への自問自答です。
「支援」って何ですか。私自身への質問です。
「支援」という名の大木があり、思いのままに延びる枝の数々。
塵ほどの小さな感情が幾本もの小枝となり、四方へ延びようと精一杯。
「支援」へ向う心は個々に違い、神経質な響きを兼ねる。
安易に使えない言葉。一方で安易に口を衝く言葉。両極端の「支援」その言葉。
まだ全然追いつかない答への道を、私は確かに歩いているのだろうか。本当にスタートしているのだろうか。
2009年は始まったばかり。

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キャップ800個で救われる命 [natsupin time]

キャップ800個で救われる命があります。

知って以来、ペットボトルのキャップを集めています。

家族だけではそれ程集まりません。

娘の職場の方たちにも、ご協力して頂いています。

既にご存じの方も大勢いらっしゃるかと思うのですが、

本来なら分別されプラスチックゴミとして回収されます。
(キャップはペットボトルと同じ分別ではないと思います)

これは自治体により違うかと思うのですが、

私の住む市では、11月より家庭ゴミの有料化がスタートします。

分別も徹底して行われます。

廃棄されるモノが、人命を救うのです。

もし未だご存じでない方は、是非ご協力下さればと思います。

ネット上ではさまざまな情報が流れているようです。

正確な情報源として「エコキャップ推進協会」をご紹介致します。

リンクフリーということですので、

HP・ブログなどを管理されている方は、

趣旨内容をよくお読み頂き、ご賛同くださればリンクにてみなさんに

ご協力を呼びかけて頂ければ、と記事にさせていただきました。

飽食の時代が混乱の末、やがて姿を消そうとしています。

世界各地で食糧危機が危惧され、

私たちの国も他人事では決してないのです。

無駄を省き捨てるものを減らす姿勢、を心がけたいです。

これからの季節、ペットボトルの飲料水の売り上げは加速していくでしょう。

何気なく捨ててきた「ペットボトルのキャップ」で

たくさんの子供たちの命が救われます。

ご協力をどうぞ宜しくお願い致します。


           markS.jpg   



eco_mark_S.jpg       

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感情の送受信 [natsupin time]

ブラックバカラ.JPGVFSH0006.JPG
左が「ブラックバカラ」。右が「ブラックビューティー」どちらも私が好きなバラです。
似ています。色は同色といってもいいほどです。けれど。。微妙に違います。

感情も同じ。受ける感情を自分の内側で処理できないのに、人に送ってしまう。
言葉の表現は難しいです。
こんなことを言えば、いかにも偽善者っぽくて気が滅入るのですが、
迷惑をかけたくない。との想いがとても根強く自身の人格に巻きついています。
その蔓の先端は、常に「迷惑になってはいないか」とアンテナを張っているつもりです。
けれど、
時々失敗します。うっかり蔓を自分以外の人や現実に巻きつけようとしてしまいます。
迷惑だけはかけたくない。との想いが、何とか少しでも進展を。との願いに負けてしまいます。

ネット社会。言葉のみの感情の送受信が殆どの割合を占めている。
言葉の暴力。誹謗中傷。には、耐えられます。
批判も含めて、自分を見つめ直す為の要因に成り得るからです。
自分で自分が見えなくなる時があり、
それはまるで透明人間に変身したかのように、
存在すら掴めなくなるんです。
鏡を見ても何も見えない。。

迷惑をかけてしまった。と落ち込む時、
自分は人にソレを感じさせる言葉を発した事がないのだろうか、と考えます。
似ているけれど、微妙に違うとの認識でした。
けれど、気付いたのです。
過去に於いてそれらの言葉を受けた人の感情は、
あるいは、今の自分と同じではなかったのかと。

この社会に於いて、一見孤立しているような印象の人がいます。
私は、山梨県多頭飼育問題の現場に生きる犬たちを
どうしても応援したかった。
何とかフード不足問題を解消したい、との想いの元
サイトを立ち上げました。
彼女は手伝いたいと申し出てくれました。
一瞬不安が過りました。厳しい忠告も数名の人から受けました。
私は犬たちの為にと、都合よく解釈、納得して
結局、彼女へ言葉巧みに申し出を断りました。
リンクも外して欲しい、と切願しました。
「何とか少しでも進展を」と彼女が願い、協力したいと言ってくれたとすれば、
私は随分と傲慢であったと思います。
やわらかい言葉に無数の棘を隠していたのです。

不器用かもしれないけれど、彼女は彼女なりに命への愛護を考えているのだと思います。
彼女のなかに小さな変化を見つけています。
その変化は、彼女とひとつ屋根の下で暮らした命たち、今も暮らす命たち、が
精一杯の恩返しに彼女に贈った大切な大切な「贈りもの」であると信じています。

彼女を擁護すると決まってメールが飛び込みます。
同じ人から届くかもしれないし、違う人から届くかもしれない。
もぉ呆れて届かないかもしれない。
これまでは、誠心誠意応えてきたつもりでした。
自分の感情を押し殺したこともあります。
敵の多い人なので仕方ないかなって思います。
でも、今回は自分への叱咤激励の為に書きました。
私と同じように、彼女をある時は嫌い、ある時は心を寄せて、
伴に同じ目標に向かい、別の道であっても歩き続けたい。
道は違ってもゴールは同じところを目指している。
そういう想いを伝えてくれるお友達もたくさんいます。

犬たちのことを考えます。
付随する人間関係は時として小さな波紋を呼び寄せます。
それでも、みんなで「心の手」をつなぎ協力していきたいと願っています。
器用にネット社会を泳ぎきれない人。
がんばってください。
きっといつかあなたの発信が実を結ぶ日が来ると、信じています。応援しています。
似ているけれど、微妙に違う。。
違うけれど、微妙に似ている。。
きっとそうかもしれません。あなたと私。


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ツバメの巣 [natsupin time]

     

今日、仕事の帰り道、突然雛鳥の鳴き声がしました。
きっと、親が餌をお土産に戻ってきたのかな?と思い、あたりを見回しました。
ツバメでした。巣から精一杯大きく開けられた小さな口が幾つか覗いていました。
巣の下に透明のビニール傘が取り付けられていて、内側は親鳥の糞で汚れていました。
飲食店のテント下に作られた巣。。。きっとお店の方が通行人の為に傘を取り付けたのか、
あるいは、巣から落っこちた雛の為なのか、そのどちらもの意味があったのかはわかりません。
でも、何だかほ~としました。

思い出すのは、数年前。
隣接していたお店のテント下にツバメの巣がありました。
何年も毎年ソコへ巣を作りに来たという事でした。
突然の閉店(もちろんお店側の方たちにとっては突然ではなかっのでしょうね)。
ある日、解体業者の人が来て店の内部を取り壊し始めました。
気がついた時、ツバメの巣は消滅していました。
おそらくまだ卵の段階だったのでしょう。
もし孵化していれば、きっとなんらかの方法を探ってくれた筈です。
人の手を借りた巣を、果たして親鳥が護り抜こうとするのかどうかはわかりません。
なぜなら何度か巣から落ちた雛を、主人がそろっと戻したことがあるのですが、
結局は親が落としていたようです。
自然界の厳しさを感じる瞬間ですね。

巣を失った親鳥は、上空を何度も旋回して電線にたたずみ。。また旋回する。。
親鳥は2羽。明らかに消えた巣を探しているかのように、
いつまでもソノ場所から離れようとはしませんでした。
今でもツバメに出会うと、その時の光景が浮かびます。

上手にテントを潜り抜け、どうか無事に巣立ってね。。。


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ある日仕事から家に戻ってみると、玄関先で見知らぬ人間が死んでいた。そんな「つかみはOK」的な小説が、安部公房「無関係な死」なんですね。

もう随分以前に読んだ本なのですが、そのシーンは再々ふっと記憶から飛び出します。よほど「つかみがOK」だったのでしょう。本を読んでいると、自分自身が端っこで登場していることがよくあります。または引きずることもしばしばあります。

同じく安部公房「箱男」を読破後、ダンボール箱を被ったまま世間からの隔離を、一人心の中で試みたこともありました。

よく映画館から出てきた瞬間、登場人物に為りきっている人の話を聞きますね。アレの小説版っていうところでしょうか。

もともとある日突然現実に起こる筈のないことが起きてしまう......といった内容に惹かれるようです。死体がいる筈はありません。しかも内側から鍵がかかっています。ミステリー小説ではないのです。主人公の男の心の動きが微妙に移動していく様子が面白いと感じました。

村上春樹さんの「かえるくん、東京を救う」もその類の「つかみ」ですね。ある日家に帰ってみると2メートルの巨大なかえるくんが待っているんです。しかもかえるくんはお茶を出したり(人の家なのに)、非常に礼儀正しくて正義の味方です。最初の数行でワクワクしました。完璧OKでした。

ある朝目覚めると、自分が巨大な虫になっていた。カフカの「変身」もやっぱり好きな作品です。

これらのことをまとめてみると、私の変身願望への興味が如何に強いかがわかりそうです...

ここで本題なのですが、ブログの世界は「顔が見えない」安心感から、まったく違う自分を登場させることも可能ですね。実存の「ワタシ」は個人情報云々でしっかり護られています。なかには顔写真を載せてる方もいらっしゃいますね。すごいなぁ~って思います。私はやはり架空の世界でウロウロしているほうが気分が楽ですね。

かと言って、ウソを投稿するつもりはまったくありません。コメントも真面目に考えます。現実から離れた居場所という意味で、変身願望を叶えてくれる気がするのです。

予想を遥かに超えてブログ世界にはまっています。いえ埋没しつつあると言ったほうがいいかもしれません。言葉は悪いのですが、ちょっと麻薬的(もちろん経験なしですよ)な部分があって、知らず知らずにPC起動させてる感じですね。まだ多くの方と言葉を交わしているわけではないのですが、楽しいです!

店と家との距離を直径にした、狭い世界でもくもくと歩き続けてきました。自分から外へ出ようともせずに世界を小さくしてきました。今更失った時間は取り戻せませんね。だから今、新しい世界、新しいつながり、新しい出会いを求めて歩き始めています...。

ひとが好きになれそうです。いいことですね。


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冬眠中のかえるくん [natsupin time]

 natsuの視線の先には、親指大のかえるくんが冬眠中です。金魚か昆虫かのガラス飼育ケースにプラスチック製のざるみたいなフタをしています。コレは冬眠用のケースで冬以外には3倍ほど大きなハウスに移します(自由に飛べるように、せめて。。)腐葉土に潜っているのでかえるくんの姿はまったく見えません。一体natsuは何思うんでしょうね。

神経を使うのは、かえるくんの活動期にハウスの掃除をする時です。もしも、ぴょ~んと逃げたりすると、1秒後にはnatsuの口の中間違いナシ!!ですよ、きっとnatsuの敏速さはピカイチだと思うんですね。何しろ飛んでる蜂だってパクッてやっちゃうんですから...好き嫌いナシにもほどがあります(泣)。

既に「住人お披露目」でご紹介済みですが、アマガエルくんの出身地はわかりません。入荷した観葉樹にくっついて来たみたいです。なかなかリッチな暮らしをしています。tree frogと呼ばれるだけに樹の上で生活しています。産卵期以外水はどちらかといえば苦手のようです。ウチのかえるくんはグェグェゲェ~とか鳴くので正真正銘の♂です。

樹の好きなかえるくんの為に、ハウスには6種類ぐらいのミニ観葉植物がレイアウト(そんなおおげさな~!)されています。琉球クワズイモの葉がお気に入りのところを観ると、もしかして沖縄生まれ???あと、かえるくんはおなかで水飲みするそうです。確認は出来ないのですが、蛙好きな人ばかりの掲示板で知りました

  カエル嫌いの人、無視してくださいね。コロコロ太っています。冬眠前です。春に目覚めた時はかなりスリムに変身しています。飼うと意外と可愛いのですよ♪ココでもやはりクワズイモの葉がお気に入り!お日さまに向かって大好きなぼっこ中ですね(実はこの頃店で放し飼い...--;)

  ついでにnatsuも「ぼっこ」中


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村上春樹 「品川猿」を読んで [natsupin time]

村上春樹の短編集は、必ず最後の1作品は読みません。
次の新刊が出版されるまでの「楽しみ繋ぎ」です。
でも、誘惑に負けて読んでしまいました。
「東京奇譚集」に収められている「品川猿」です。

春樹さんの作品では、羊男やかえるくんが人間の言葉を話します。
猿もやはり話し始めました。
少しも変ではなくて、妙だというふうでもありません。
実際に目の前に猿がいて、心の内側を話している様子が伺えます。
最初は「まさか、猿が犯人(原因)のはずはない」と思ったのですが、
その「まさか」は見事に裏切られました。
でもほんの数分で、裏切りなどという言葉はすっかり消滅してしまうのですね。
ちらちら見え隠れしていたキーワードの存在が、
瞬間的に巻き戻されます。
自分が春樹ファンであるという称号を、
手にした誇りに一人喜んでしまいます。

名前を忘れること(あるいは忘れてしまうこと)への深い意味。
名前に付随する心の闇の存在。
紛失した名札と、実存の名前とを結ぶブリッジ。
その時間差と同時進行との繋がり。

予想を遥かに超えた展開は、充実感溢れる時間を与えてくれました。
いつもそうであるように、春樹さんの作品を読み終えた後必ずあらわれるもの。
それは自分の心に向き合う時間と、自分自身からの離脱です。
少しだけ高い位置から、じっと自分を見つめられる気がするのです。
客観的に描写することは、どちらかと言えば苦手の方なのですが、
春樹作品との出会いの後は、別の私がきっちり違う目で私を見ています。

うまく表現できないのですが、
きっと私も自分の名前を書いた古い名札を、
押入れの奥にしまい込んだままではないのかしらん?
そんなふうに感じています。
そしてその名札を盗んだのは、
紛れもなく私のなかの大きな猿に違いないと思うのです。


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村上春樹が好き [natsupin time]

出会いは「回転木馬のデッド.ヒート」。
はまったのは「ダンス.ダンス.ダンス」。
以来、すべての作品は読みつくししているかな。
翻訳本も結構読んでいる。

ゆったりとした速度で歩いているような、文章の流れが好き。
新しい作品を読むごとに「これがベスト!」と思っていて、
時間が経つと「やっぱり、あれしかない!」と念仏のように唱えています。

「神の子どもたちはみな踊る」のなかの作品「かえるくん、東京を救う」
既に5回は読んでいます。
いいえ、「レキシントンの幽霊」のなかの作品「氷男」だって、
既に5回は読んでいるどころか、書き写しさえしました。

もともと、本が好きで、文章を書くのが好きです。
でも、本が好きといっても、それはとっても偏った好きさ加減で、
これは自分の「好き嫌いが激しい」性格によるものと思われます。

太宰治の文庫本を蒐集して(色褪せた古本なども)、読みあさった時期もありました。
なぜ、戦争未亡人と入水自殺を遂げたのか?
そんなこと深刻に考え込んだことだって、あったのです。

そして寺山修司です。
舞台は一度も生で観たことはないのですが、
短歌、エッセイ、詩集、ありとあらゆるものを蒐集した日々がありました。
寺山修司に対しては想いが強すぎて、
多くの言葉が背を向けたまま、ただじっと立ちすくんでいます。

近頃、すっかり文章とは疎遠になっていて、
ぱっと浮かんだ言葉は、次の瞬間には、すっと消えてしまいます。
それは流れ星のように、余韻すら残りません。

自分の手でペンを持ち、紙に書く。
そんな当たり前で単純な動作が、めっきり億劫になっているのが現状です。

5本の指は、脳からの伝達を受け止めて、ペンを走らせることをすっかり忘れてしまい、
10本の指は、ひたすらカチャカチャとキーボードの上で、舞い踊る。

自分が一体何を表現したいのか、本当に出口を探しているのか、
どこへ向かって歩き始めたいのか、どんなことから逃げ出したいのか。。。
まるでさっぱり、わからないのです。
とても青い愚問です。

村上春樹の言葉が好き。ゆったりとした時間の流れが好き。
そんなことふっと思う時、
鏡の向こうに「私」を見つけられる気がします。




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